『いや…ヤバいところ来ちゃったな。』
それが、私が人生を変えるキッカケとなった瞬間の感想だった。
2015年4月。まだ肌寒いニューヨークのセントラルパーク沿いを、用意されたリムジンに乗って移動していた。いつもTシャツにジーンズしか着ていなかった私が、人生で初めてのタキシードを着ている。なんだか、すべての出来事がフワフワしていて夢の中のような感覚だった。けれど、いつもとは違う環境に戸惑っているのか、寒いにも関わらずいつもより幾分か汗をかいていたのを覚えている。
窓の外を見ると横にはギッシリの渋滞と、動かない車にイライラした黄色いタクシーのドライバーが鳴らすクラクションの音が止めどなく鳴り響いている。これはTIME誌が主催の世界で影響力のある100人が招待されるGalaパーティーへ向かう時のことだ。
リムジンがゆっくりしたスピードで進み、コーナーを曲がったところで止まった。黒ずくめの屈強なガードマンがドアを開ける。『メンインブラック(MIB)みたいだな。』と思った瞬間から
カシャカシャカシャ。
フラッシュライトが向けられ、まぶしさに薄目で光を遮り、降りるために足元を目を向けると真紅のレッドカーペットが敷かれていた。
降りた瞬間からレッドカーペットなんだ…。
とか思っていると案内の人がやってきた。
誘導されるがままにレッドカーペットを奥の方へ歩いていく。テレビの中で見たことのあるような状況が、まさに自分たちの目の前にあった。
世界中からきているであろう取材陣の無数のカメラが向けられ、背景となる壁にはラグジュアリーなブランドが場所を奪い合うようにロゴを散りばめていた。自分たちの前には、これまで見たこともないような露出の高い真っ黒なドレスを着た12頭身もありそうな(そんなにあるわけはないのだが、その時は本当にそのぐらいに見えた)美女が、小慣れた様子でポージングを決めている。
アタフタした様子は見せないように、必死で背伸びをして平静を装い歩いた。
レッドカーペットの終わりまで到着し、会場に向かうエレベーターに案内され、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。チーンっとエレベーターが開いた扉の先に広がるのは、煌びやかなカクテルパーティー会場。全員が、幾らするのか見当もつかないほど豪華な装いをして、英語で楽しそうにお酒を酌み交わしている。2015年当時は、英語もほとんど聞けない、話せない状態だったから感想はこんな感じだ。
居場所のない私たちは、とりあえず緊張でカラカラの喉を潤そうとバーカウンターに並んでみる。クールなバーテンダーに、ニコニコと何かを話しかけられて、曖昧な愛想笑いと、キャンアイハブアウォーターと返答する。なんとも滑稽な状況。
無事に水を受け取ることができ、壁際の目立ちにくいところに立って、会のスタートを待っていた。
なんかやっぱり場違いなばしょに来ちゃったかなー。とか思いながら、
一口水を口にして、なんとか落ち着きを取り戻そうとしていた。
あ、そうだ。とポケットに入れていたリストに手を伸ばす。
今年に一緒に受賞している人の中で、この人に会えたら嬉しいなというリストを前日の夜に時差ボケでスッキリしない頭をなんとか動かしながら作っていたのだ。
一通りのレッドカーペットの緊張の汗と熱気で、ポケットに入れていた紙は、フニャっとしていた。その紙には、
エマワトソン
スティーブンスピルバーグ
イーロンマスク
ブラッドリークーパー
カニエウエスト…。
リストを上から順に目を通しながら会場を見渡す。
あっ、ブライアンチェスキーだ。
ご存知の方もいるかもしれないが、デザイナー出身でありながら、家のシェアリング、新たな旅のカタチを世の中に広げているユニコーン企業(企業価値が1,000億円以上)Airbnbの創業者だ。同世代の経営者としては、ズバ抜けて成功している人の1人だった。
慣れた様子で、カクテルを片手に談笑する彼を遠巻きに見つけた私。
(声かけたら迷惑だろうなー。)
(そもそも英語話せないし、声かけたところで何もできないしなー。)
(そうだよな。見れただけでも良かったと思おう。)
(いや、でもこんなチャンスもう無いかもしれない。写真だけでも、いや。うーん)
よしっ!
もし声をかけて嫌な顔されたら、アイツは嫌な奴だったという土産話ができるし、(正当化の理由。笑)死ぬわけじゃないし、行ってみよう。
人混みをかわしながら、彼の横に辿り着いた。
『ハ、ハーイ。アーユーブライアン?』(そりゃそうだろ。なんかもっと気の利いたことを言え。当時の自分。笑)
『Yes, I am. How are you doing?』
『アイム、ファイン。キャンユーテイクアピクチャー?』
『Yes, of cause!』 (隣に並んで、パシャ)
『センキューソーマッチ。バイ』
よしっ。写真撮れた!
いや、違う。
ただ写真を一緒に撮ってもらうだけになってしまった。
本当は色々と話したいこと、聞きたいこともあったけれど、当時の自分では写真を撮ってもらうことだけでも精一杯の勇気が必要なことだった。
後日談だが、一緒に撮った写真は会場が暗かったこともあり、正直誰と撮った写真なのだか分からないような仕上がりだった。
けれど、この時の縁がキッカケにもなり、翌年には彼らが主催するパリでの世界最大規模のカンファレンスで登壇させてもらうことになった。ただ写真を撮ってもらうだけのことでもしておいて良かった。
話を当時のことに戻すと、ブライアンと写真を一緒に撮ってもらうというミッションを経て、少し勇気を持てるようになった私は、そこから色々と果敢に挑戦を繰り返してみるようになる。
パーティーの会場がオープンして中に入ってからは、エマワトソンちゃんとも写真を撮らせてもらった。オーラの違いがハンパ無かった。感想は、ただのミーハー。笑
Space Xや電気自動車のTeslaの経営者であるイーロンマスクには、本当に拙すぎる英語で、『アイラブユー』と完全に意味不明のラブコールをしてしまう私。今ならもう少し気の利いたことも言えるかもしれないが、正直その時にはあれが限界。でも話せて、握手して、写真も撮れた。
そんな中で、今ひとつ後悔していることがあるとすれば、目の前のテーブルでセレブリティに囲まれ、その中心にいたスティーブンスピルバーグ監督には声をかけることが出来なかったこと。
もう時間も無いし、またいつか機会があれば。
と言い訳をして声をかけなかった。もう一度あの時に戻れるならば、絶対に声を掛けて握手する。そして、何か一緒にしたいと話を持ちかけることまで出来たら上出来。
パーティーはどんなだったかと言うと、カニエウエストのライブパフォーマンスがあり、受賞者のスピーチがあり、少しの歓談の時間あり。あっという間の2時間だった。
会が終わり、出入り口に近づくと、それはそれは大きな手土産が手渡され、重っ!と思いながら帰りのリムジンに乗り込んだ。
緊張の糸が切れて、なんだか熱っぽい自分に気がつく。慣れないタキシードの蝶ネクタイを緩めて、第一ボタンを開け、フゥーと深呼吸した時、改めてこの夜が現実だったのかを疑うような気持ちになった。
ホテルに送ってもらい、重い手土産2つを部屋のソファーにガサっと置いてからは、あんまり覚えていない。とにかくいつもとは違う緊張と興奮のあまり、その後に急激な眠気に襲われた。
あの時から4年が経ち、今振り返ると、あの時の経験が自分の中の基準を変えたと思う。
妻である近藤麻理恵が世界で影響力のある100人に選ばれるという幸運に恵まれ、世界トップクラスの人に直接触れる機会をもらったことで、自分の中の世界との距離感がなんとなくだけれど理解できるようになった。
そこで得られた気づきというのは、
結局、『そこにいたのは同じ人だった』ということ。
決して遠くで起こっている出来事ではなく、誰もが、同じ地球上で、同じ時間軸の中にいる存在だということ。そして、結果の違いをつくっているのは全てが本人の考え方や取り組み次第であり、それほど大きな根本的な違いがあるようなものでは無いということ。
しかしその逆にも、小さな違いを作り続けられること自体が、往々にして難しいのだということも分かった。
私にしてみると、声をかけるのかかけないのか。
そして、何を伝えるのか伝えないのか。
結果として、仲良くなれるのかなれないのか。
その違いの積み重ねの先に、
『違った未来をつくりだせるかどうか』が決まるのだと思うようになった。
その違いをつくる考え方、行動、クセ、習慣などを、このオンラインサロンで一緒に考え身につける。そんな場所にしていきたい。
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